大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)1408号 判決 1997年6月25日

原告

本田満子

被告

京成電鉄株式会社

ほか一名

主文

一1  被告京成電鉄株式会社は、原告に対し、金二六万二六二〇円及び内金一六万二六二〇円に対する平成七年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告小原祐司は、原告に対し、金二六万二六二〇円及内金一六万二六二〇円に対する平成五年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項(1及び2)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三一五万一九七〇円及び内金二八五万一九七〇円に対する平成五年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

なお、二八五万一九七〇円は弁護士費用を除いた金額である。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、川名道夫運転の被告京成電鉄株式会社のバス(以下「京成バス」という。)に乗車中、平成五年二月一四日午後一〇時五二分ころ、東京都江戸川区南篠崎町一丁目一番先交差点(以下「本件交差点」という。)内において、被告小原祐司運転の自家用小型乗用車(以下「小原車」という。)が、京成バスの進行方向左の交差道路から一時停止せずに本件交差点内に進入したため、京成バスの左側に衝突する事故に遭つた(以下「本件交通事故」という。)。

2  被告小原祐司は、小原車を運転する際、法規に従い安全に運転を行い、交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件交差点内に進入した過失があるから、民法七〇九条に基づき、本件交通事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  被告小原祐司は、原告に対し、本件交通事故の損害賠償として、四三万六五四〇円を支払つた(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  原告の主張

(一) 被告京成電鉄株式会社は、自動車運転事業者として乗客である原告を目的地まで安全に送り届ける義務があつたにもかかわらず、それを怠つたから、商法五九〇条に基づき、本件交通事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 原告は、本件交通事故により、右膝部打撲の傷害を負つた。そのため、平成五年二月一五日から同年三月一〇日まで(通院期間二四日、実通院日数一〇日)松江病院に、平成五年三月一一日から同年一二月二二日まで(通院期間二七三日、実通院日数一五七日)山口接骨院に通院した。

(三) 原告の本件交通事故による損害は次のとおりである。

(1) 治療費 四二万五一五〇円

(2) 交通費 一六万四一六〇円

(3) 休業損害 一七五万九二〇〇円

収入を本件交通事故時の原告の年齢五九歳に相当する女子年齢別平均賃金月額二一万九九〇〇円、休業期間を平成五年二月一五日から同年九月三〇日までの八箇月として算定した金額である。

(4) 慰謝料 九四万〇〇〇〇円

(6) 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

2  被告京成電鉄株式会社の主張

(一) 川名道夫が、今井方面から小岩方面に向かつて京成バスを運行していたところ、時速二五キロメートル(制限速度時速三〇キロメートル)で本件交差点内に進入し、京成バスの前部が本件交差点の小岩方面寄りの隅にまで達した際に、小原車は、京成バスの進行方向左の交差道路から一時停止せずに本件交差点内に進入して、本件交通事故を起こした。

したがつて、川名道夫には本件交通事故につき過失はなく、そのため、被告京成電鉄株式会社も損害賠償の義務を負わない。

(二) 原告は、右膝部打撲の傷害を負つていない。

仮に、右膝部打撲の傷害を負つたとしても、治療期間が長すぎ、そのすべてが本件交通事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

3  被告小原祐司の主張

原告は、右膝部打撲の傷害を負つていない。

仮に、右膝部打撲の傷害を負つたとしても、治療期間が長すぎ、そのすべてが本件交通事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

第三当裁判所の判断

一  被告京成電鉄株式会社の過失について

1  京成バス運転手川名道夫は、京成バスを運転中、本件交差点に差し掛かつた際に時速約二〇キロメートルに減速した(制限速度は時速三〇キロメートル)ところ、前照灯を付けた小原車が、京成バスの進行方向左の交差道路(幅員四メートル)から本件交差点内に向かつて、時速約五〇キロメートルで減速することもなく走行して来たため、ブレーキ(急ブレーキではない。)を掛けたが止まる前に小原車に衝突された。

川名道夫が急ブレーキを掛けなかつたのは急ブレーキを掛けるとバスの乗客を負傷させるおそれがあるためできるだけ減速することで対応するようにと会社から指導されていたためである。

(丙第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一・二、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一ないし三、第七号証の一・二、第一〇号証三項ないし一三項、証人川名道夫の証人調書三項ないし一三項・二〇項・二二項ないし二七項・三六項ないし四一項・四七項・四八項・五六項)

2  ところで、被告京成電鉄株式会社では衝突を回避するために急ブレーキを掛けることが許されている(証人川名道夫の証人調書五五項)ところ、川名道夫は、衝突地点から八・五メートル(小原車の進行方向と反対の車道の幅員三・七メートル、遊歩道の幅員四メートル、遊歩道の右端と小原車の右側の距離〇・八メートルの合計)以上離れた所で、小原車が時速五〇キロメートルで減速する様子もなく本件交差点へ向かつて来るのを発見していること、時速二〇キロメートル(京成バスの本件交通事故直前の速度)の制動距離が五・八メートルであること(丙第一号証、第一〇号証八項・一三項、証人川名道夫の証人調書八項・二二項ないし二四項)からすれば、小原車を認めたときに直ちに急ブレーキを掛けていれば本件交通事故を回避できなかつたとはいえない。

3  したがつて、京成バスの運転手川名道夫に過失がないとの証明がないから、被告京成電鉄株式会社は、商法五九〇条に基づき、本件交通事故により乗客である原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

二  損害について

1  原告が本件交通事故により右膝部打撲の傷害を受けた(甲第一号証から第六号証まで、第八号証、第一〇号証五項、第一六号証の二、乙第一号証の二、第二号証、第四号証、丙第一〇号証一四項、証人川名道夫の証人調書一六項・三三項・三四項、原告の平成八年五月二九日付け本人調書二項ないし五項・二〇項・二一項、同年九月一八日付け本人調書七六項・八三項・九六項ないし九九項)。

なお、原告が本件交通事故当時居眠りをしていたこと(甲第一〇号証五項1・2、原告の平成八年五月二九日付け本人調書四項・二二項)、原告の膝と、原告の座席前にあるバーとが約二〇センチメートル離れていること(丙一一号証の二六ないし三六)からすれば、原告だけが、全く予期しない本件交通事故による京成バスの揺れで右膝が右バーに当たらずにその下方にある鉄板に当たつたとしても不自然ではない。

2(一)  原告は、本件交通事故により、平成五年二月一五日から同年三月一〇日まで(通院期間二四日、実通院日数一〇日)松江病院に、平成五年三月一一日から同年一二月二二日まで(通院期間二七三日、実通院日数一五七日)山口接骨院に通院し、痛みはなくなつたが、現在も右膝の状態が悪いと供述している(甲第一〇号証五項ないし七項、原告の平成八年五月二九日付け本人調書三項・六項・一九項)。

しかしながら、原告の右膝の状態は、本件交通事故直後、出血もしておらず、翌日になれば膝の痛みが消えると原告も考える程度であり、歩いて帰れた(甲第一〇号証五項4、丙第一〇号証一五項、証人川名道夫の証人調書二一項、原告の平成八年五月二九日付け本人調書五項)から、原告の受傷の程度が、原告が供述するように平成五年二月一五日から同年一二月二二日まで通院して治療を受けなければならないほどのものであつたとは直ちにはいいにくい。

(二)  ところで、原告の松江病院での診療は、〈1〉平成五年二月一五日(本件交通事故日の翌日)、傷病名 右膝部打撲、擦過傷(血腫形成)。昨夜、バスに乗つていてバスが車とぶつかつた。右大腿を打つた。いくらか腫れ。右膝の二枚の画像診断によると全部異常なし。〈2〉同月二〇日、打撲痛あり。かなり神経質です。痛みが取れたらマイクロへ。〈3〉同月二六日、痛みあり。熱感なし。本日よりマイクロ開始。マイクロで様子みます。〈4〉同月二七日、痛み良好。〈5〉翌三月一日、経過良好。〈6〉同月二日、症状やつと取れた。〈7〉同月三日、痛み減少。〈8〉同月六日、経過良好。〈9〉同月八日、神経質であるが、痛みは大分良好となつた。〈10〉同月一〇日、悪天候時のみ痛みあり。天気の良い日は痛みなし。近院転院。というものであり(甲第二号証、乙第一号証の二)、山口接骨院の平成五年三月一一日の初検時所見は、原告の症状につき、疼痛、腫脹、運動痛はないが、日によつて、もやもやとした不快感が発するというものである(乙第二号証)。

これらの診療の経緯等及び本件交通事故直後の原告の右膝の状態(前記(一))を併せ考えると、平成五年三月一〇日に松江病院の通院を止めた後の原告の症状は専ら原告の主訴によるのではないかとの疑問があるから、その後の損害は本件交通事故と相当因果関係があるとは直ちにはいえない。

したがつて、本件交通事故と相当因果関係がある損害は平成五年三月一〇日までのものとして、その損害額を検討する。

(三)(1)  治療費 一万六〇四〇円

平成五年二月一五日から同年三月一〇日までの松江病院の治療費は一万六〇四〇円である(甲第一号証、第二号証、原告の平成八年五月二九日付け本人調書一三項)。

(2) 交通費 七二〇〇円

平成五年二月一五日から同年三月一〇日まで(実通院日数一〇日)松江病院に通院し(甲第一号証、第二号証)、一日当たりの松江病院までの往復の交通費が七二〇円である(甲第七号証、原告の平成八年五月二九日付け本人調書一四項)から、交通費は七二〇円に一〇日を乗じた七二〇〇円である。

(3) 休業損害 一七万五九二〇円

原告は本件交通事故の際に五九歳の主婦であつた(甲第一〇号証二項、乙第一号証の二、原告の平成八年九月一八日付け本人調書一〇九項ないし一一三項)から一箇月当たりの収入は二一万九九〇〇円を下回らないところ、平成五年二月一五日から同年三月一〇日まで松江病院に通院した期間(二四日間)休業した(甲第一〇号証七項)。

したがつて、休業損害は、次の数式のとおり一七万五九二〇円である。

219,900÷30×24=175,920

(4) 慰謝料 四〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨に現れた諸般の事情を考慮すると慰謝料は四〇万円とするのが相当である。

(5) 損害合計 二六万二六二〇円

(1)から(4)までの合計が五九万九一六〇円であること、既払金が四三万六五四〇円であること、弁護士費用が本件訴訟の経緯・認容額からして一〇万円とするのが相当であることからすると損害合計は二六万二六二〇円である。

三  結論

よつて、原告は、被告小原裕司に対し、金二六万二六二〇円及び内金一六万二六二〇円(弁護士費用を除いた金額。前記第一参照)に対する平成五年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、被告京成電鉄株式会社に対し、金二六万二六二〇円及び内金一六万二六二〇円(弁護士費用を除いた金額。前記第一参照)に対する平成七年二月一六日(被告京成電鉄株式会社の責任は債務不履行による損害賠償責任であるから、本訴状が被告京成電鉄株式会社に送達された日(平成七年二月一五日であることは当裁判所に顕著である。)の翌日から遅延損害金が発生する。)から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限りで理由があるからそれぞれ認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例